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| 写真集: 「花・動物・ビオトープ」 「庭の記録」 更新。 「三国街道」 新規。 日本紀行: 「八風街道」 、「西近江路」 新規。 「三国街道-3」 完成。 「三国街道-4」完成。 |
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| 9/30 旅行記がやっと終わり、今週後半にかけて高崎から歩いてくる。庭の管理を口実に4ヶ月も遊んでしまった。 アーモンド、イチジクに続いて栗の実が1個なっている。カボチャが2個、うっすら色づいてきた。別に食いたいとも思わないからハロウィーンまで置いておこう。 天気も株価も肌寒い。昨日は暖房初日。今年の冬は寒くなりそう。 9/21 あの絶望的だった巨人が首位に並んだ。リーグ優勝が視野に入ったが、応援に今までほどの力がはいらない。クライマックス・シリーズのせいで2位でもいいじゃないの、という気がないでもない。今年からルールをかえて、リーグ優勝チームには敬意を表して1勝をあげるという。クライマックス・シリーズの制度自体に後ろめたさを感じている証拠である。真にリーグ優勝というタイトルに敬意を表するなら、あっさりクライマックス・シリーズをやめればいいではないか。何度考えても女々しい代物だ。 9/16 もう2ヶ月以上草加に戻っていない。週明けに草加から高崎にでて三国街道をはじめから歩こうと思っている。須川までいって前半を穴埋めできればいいが。 植えたおぼえのないカボチャが8月下旬から伸び始め、大きな実をつけている。スーパーで売っているのは青くてそれほど大きくないからもう採ってもいいのかな。それともハロウィーンのように色付くまで待つのかな。食べ方は甘く煮るか、薄く切って焼くか、味噌汁に入れるか。煮るときは高野豆腐をいれると甘い汁がしみておいしい。 最近インスタントカレーを卒業して、ルーを選んで1から作る。SBのディナーカレー辛口が一番辛い。それを朝・昼・晩と食べる。体の加齢臭がぬけてカレー臭になる。 9/06 変な天気が続いていて旅行の計画がたたない。ジュークボックスに手持ちのクラッシック;ベートーベン、モーツアルト、ショパン、リストとジャズからマイルズ・デイヴィス、ジョン・コルトレイン、エルトン・ジョンのCDを全部入れた。とりあえずlここで区切りをつける。音楽喫茶みたい。今日はジャズ、明日はショパン・・・。 前庭にパンジーの種をまき、裏庭の菜園跡にレンガを敷き詰めた。ベンチを買うか作るか。芝刈りをすませて旅に出る。どこにするか、天気しだい。 息子が転勤で大阪から東京に帰ってくる。草加で大いに飲むつもり。次長から内示をもらったとか。変わった会社だ。 8/26 今週に入っての曇り空を利用して、挿し木しておいたラベンダー、バラ、ローズマリーなどを定植した。菜園を整理してメインステージ作りは秋の作業にする。夏のしめくくりに池を掃除した。虫取り網で藻をすくったら、メダカまでついてきた。クロメダカの稚魚がたくさんいる。今年育ったのは1匹でなかった。果樹園の初収穫は20個のアーモンド。梅の親分みたいな実を開くと、シワシワの核がある。歯が立たないから金槌で割ると茶色のアーモンドが出てくる。これを炒ってワインのつまみにしよう。次はイチジクだ。 一匹オオカミの夏アカネにかわって秋アカネが群れをなしてやってきた。編隊をくむわけでなく、てんでにランダム飛行をする。遠くからはやぶ蚊の群れにみえる。萩が咲き始めた。朝夕は虫の音でかまびすしい。マイガーデンに確実に秋がきた。 オリンピックがおわり、庭も一区切りがついたから、本来であればいさんで旅の準備にとりかかるのだが、今回はまだ三国街道の宿題が終わっていない。こういうときにはかえって他のことがしたくなる。学校や会社とちがって、宿題に締切りがないからなおさら気がゆるむ。館山用に買ったオーディオセットはソニーのHDDジュークボックス。まだHDDをつかっていなかった。マニュアルをとりだして、CDの録音からはじめる。この3日間で、フォーク全集、日本の美しい歌全集、抒情歌謡曲全集、映画音楽全集、昭和30年代ヒット全集、クラシック名曲集の通販セットものをHDDに入れた。もう1時間ごとにCDをいれかえなくても、一回の操作で一日中音楽が流れるようにできる。あとジャズとオールディーズを入れて一段落。演歌は買っていない。力む歌は好みでない。好きな音楽をBGMとしてこのページに載せていこう。 8/19 お盆が過ぎ高校野球も終わって夏が急に静かになった。友人、家族との3度のバーベキューをこなし私の夏も終わった。しばらくは残りのオリンピックで残暑をしのごう。閉会式ではひも吊り宇宙遊泳やCG花火、口パク美少女はご勘弁願いたい。 庭と旅の秋のシナリオはまだできていない。採取した種が封筒のなかで出番を待っている。9月から種を土と米ぬかにまぶして花咲爺さんをやる。どこに何が咲くかはわからない。電柱を隠すように植えた西洋朝顔が葉の数を増やしている。そろそろ花がみえてもよいころだ。パンパスグラスが9月をまたずに大きな穂をなびかせて、今やマイガーデンの主役に躍り出た。5本どころか10本もある。トマト、キュウリ、シシトウ、キャベツを引き抜いた。来年は1苗ずつにする。不効率なコーンと需要が伴わないナスはやらない。裏庭中央の菜園コーナーは東庭の片隅に移す。現在の菜園は裏庭のメインステージに当るところ。レンガ敷きにしてボタンなどの派手な花でも植えるか・・・ 8/09 北京オリンピック開会式。 アメリカは無論、イギリス・日本でさえ真似のできない歴史の重み。4大文明地で唯一の温帯地域にある中国だからできた演出であろう。活版印刷・火薬・ 羅針盤。なかでも火薬は素晴らしかった。隅田川花火大会の比ではない。 人力も圧倒的だった。組織力、動員力。十数億の民が集団で動くと思えば恐ろしい。 シラケの日本と、どちらが幸せか。 8/08 「生きる」をみた。サラリーマンのつまらなさを思い出させた。映画の1/3は通夜での回想スタイル。本筋とは関係ないが、悲しみの席でなぜあんなに酒を飲む/飲ませるのか? 葬式のイザコザは往々にして酒好きの会葬者/親族が引き起こす。日本の醜い悪習である。 人はなんのために生きるか。 そんな大げさなものはない。生をうけたものがそれぞれに後からかってに意味づけるだけである。何も考え付かなかったものは自殺する。ほとんどは考えることもなく生活するために生きている。他の動物とさほど変わりない。 人間はなにも特別でない。メダカの2年、犬の12年、人間の80年、亀の150年・・・。 7/31 アクセスカウンター代わりに利用していたハーボットが突然今日サービスを終了しますといってきた。需要がのびなかったのだろう、リストラされたとみえる。さて、別のカウンターをさがさねばならない。べつになくてもいいのだけれど・・・・。 明日から八月。高校野球とオリンピック。そしていつもの巨人戦。それに今BS2で黒澤明の没後10年特集をやっている。明後日は「生きる」だ。妻に先立たれた53歳の公務員が末期癌と知る。人はなんのために生きるか。必見。 ♪いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日はないものを いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 あせぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび来ぬものを♪ 7/26 まったく暑い。芝刈りが気になっているが思い切れない。暑さがおさまる4時頃からは相撲がはじまり、6時にはそこから野球に流れて結局何もしないで一日が終わる。 夏休みの宿題のようにイヤイヤながらようやく三国街道の一部が出来上がった。あと半分しあげないと新しい旅には出られない。奥州街道を仙台からと思っているが丁度地震の活発な地域にあたり、どうしたものか。三国峠を歩いてしまいたい気もある。いずれにしても8月はオリンピック観戦に決め込んだ。 メダカはみな元気に過ごしている。蜘蛛やアブたちも元気だ。パンパスグラスに5本の穂が育っている。9月になれば筆のオバケがキラキラと太陽に輝くだろう。 7/23 世の中によいニュースがない。毎日のようにおこる人災、天災の不幸な被害者家族にくらべ、本を出し、歌をつくってもらい、写真展をひらき、国際会議を主宰し、日本の外交政策に不満を述べ、飛行機に乗ってアメリカまで飛んでいく拉致被害者家族の光の当り方はどうだ。 拉致はそれほど特別でない。 ブッシュ大統領をはじめ、日本政府外交高官の同情的発言が外交辞令であることを今や知るべきである。高次元の判断が低次元の情に流されてはならない。メディアはなぜそれをはっきり言わないのか。政治家もメディアも世論も腫れ物に触るようではないか。 7/15 旅のことをすっかり忘れて庭に没頭している。わが庭で撮った動物の写真を整理したら、醜い害虫集みたいになってしまった。かわいいメダカは水中にいてはっきりと撮れない。小さな夏、秋の虫たちがではじめた。バッタ、コオロギなど。アカトンボもきた。木がまだ小さいからセミや甲虫は無理だろうな。水辺の草を買い集めてだいぶ充実した。外来種のホテイアオイは大量処分。 例の正体がわかったと思う。腐った竹の古株から白い菌糸が生えていて、それがあつまりよじれて繭になったようだ。つまり竹の亡霊。キノコ類、いやタケノコ類か。 6/28 あの気持ち悪い生き物にこだわっている。橙色のメッシュ茎は中が竹のように空洞だった。タンポポでもそうだから別におどろくことではない。問題は白い根というか球根というか卵(まさか動物ではないと思うが)みたいなヤツ。白い皮膜はうすく、破るとなかは透明なゼリー状のもの(ジュンサイのような)に包まれて種の芯みたいなものがあらわれた。これがまた気味悪い色と形をしている。濃い黄土色したカズノコ風なものが4個のセルにわかれて収まっている。虫の胎児のようでもある。隔壁はイカの骨のようにけっこう硬い。横にハサミで切ってみる。黄土色のサナギ物体の内側には更に肉色に近い繊維質があった。筋肉の断面図のようだ。それを縦に切った。新発見はなく、ただますます気持ち悪くなった。 6/20 梅雨の合間ガーデニング三昧だった。クロメダカ、ヒメダカについでアオメダカを買ってきた。メダカは自分が産んだ卵や稚魚を食ってしまう意外と獰猛な魚だ。全滅とあきらめていたら、体長1cmにもならない小さなメダカを1匹みつけた。大人メダカのいじめを受けつつもたくましく生き抜いている。小さくて今まできづかなかった。 庭に奇怪な植物をみつけた。朱色の茎に無気味に黒光る頭部を持つ。湿っているようで、外気に数時間もあたると精気を吸い取られたかのように干からびてしまうのだ。根元は繭みたいな白いマシュマロ繊維球。朱色の胴体はメッシュの女性ストッキングのようなまだら模様。頭にいた小動物はミツバチでなく、ハエ。ますます気味悪い。マシュマロを切開してみた。なかはフニャフニャで動物の卵をつぶしたよう。なんだろう、このグロテスクな生き物は。 6/09 飲み会はどうでもいい雑談からはじまるがいつの間にかなにかしらその日のメインテーマが定まってくる。上司・同僚・会社の悪口で憂さを払う必要もなくなった今、テーマは中立的だ。年金の話になり、女房の老後の生活費が主題となった。自分が死んだ時、どれだけ残しておかねばならないか。2~4千万の範囲内らしい。最善策は妻より長生きすること。自分の生活費は年金でまかなえるから。一種の発想の転換といえる。妻を看取ること。そのために何よりも自分の健康が大事、といいながら焼酎のお代わりを重ねていた。 6/04 話し言葉から、「ちょっと」、「やっぱり」、「まあ」の三語がなくなれば、世の中はずいぶん引き締まるだろう。 5/23 ようやく3月の旅の整理が終わった。まだ5月分が残っている。準備-実行-整理のサイクルをくずさずにいくには月一回は無理のようだ。メダカを飼ってから更に難しくなった。腹をひっくり返して遊ぶメダカをみていると気がなごむ。産卵の時期だがたくさん産んでくれるかな。 5/12 大津から琵琶湖西湖畔沿いに北上し敦賀に至る西近江路と、中山道武佐宿から八日市を経て鈴鹿山脈を八風峠でこえる八風街道を歩き始めた。西近江路は北小松、八風街道は永源寺まで、いずれも街道のはじめ1/4ほど。続きがいつになるのか、全く未定。 数日後、妻の絵画研修旅行に運転手としてつきあった。場所が三国街道宿場町塩沢だったから。新潟県初体験。偶然知ったことだが、来年のNHK大河ドラマが「天地人」。主人公直江兼続は南魚沼の出身。来年は三国街道ブームになるのでは。湯沢ではたっぷりと、雪国、駒子の旅情を味わった。旧三国峠は悪天候で次回に持ち越し。ここを歩かねば三国街道を歩いたことにならない。行ったところが好きになる。困ったものだ。 4/29 GWに同級会がある。小・中学時代のいちばん気が置けない仲間だ。近江の道を歩いてこよう。土地勘があるためにかえって準備がなおざりになった。 庭の水溜に水草、ハナショウブ、葦を植え込み、石・貝殻を追加してだいぶビオトープらしくなってきた。残るはシダレヤナギ。この苗木がどこにも売っていない。インターネットでみつけたから帰ってきてから注文しようと思う。2坪ほどの菜園にはトマト、ナス、キュウリ、スイートコーン、キャベツ、エダマメを2苗ずつ植えてきた。最近、タヌキとイタチが遊びに来た。野菜の将来が心配だ。 4/07 ほぼ1ヶ月ぶりで館山にこもっている。いない間にアンズと梅の花が終わっていた。アーモンドと桜と桃の花が咲いている。ビオトープに念願のメダカを10匹放した。翌日探してもみあたらず、鳥にでも食われたかと、また数匹かってきて入れたら、前の10匹がぞろぞろと出てきて仲間を歓迎してくれた。まだ水温が低くて、土の中に隠れていたらしい。一つの学習。 タニシが欲しいがペットショップには売っていなかった。田圃にはいくらでもいるらしいが・・・・。 ダイダイのマーマレード(皮は3回煮沸して苦味をとるのがポイント、爪が短くて一つ一つ袋をむくのがしんどかった。果実と砂糖の比率は10:6 )とポテイトウサラダ(ニンジン、タマネギ、キューリ、レタス、ハム入り。ポテイトウとニンジンはチンしてつぶす。他はナマ)をレパートリーに加えた。レシピは妻からの伝授。共に絶妙の仕上がり 。マーマレードは大部分妻が持って帰った。料理もたまにはおもしろい。ダイダイは4ℓ果実酒にもした。そろそろ皮をとりだすころ。 3/26 写真の整理が終わり今「哲学の道」を書いている。たまたま昨夜NHKで、爆笑問題が京大に乗り込んで総長以下教授、学生を巻き込んで「独創力」をテーマに激論を戦わせていた。その中に「哲学の道」の主役、西田幾多郎と『善の研究』も飛び出して一役買った。番組自体は大方、太田が自分で知っていることをばら撒いた言葉の遊びに近かったが、袋小路や迂回道、迷路をたどりながらもなんとか、メインテーマに戻れたのはよかった。 会場に女性の姿が多かったのが印象的だった。 3/18 三条から蹴上、南禅寺から哲学の道を銀閣寺までゆっくりと二人旅。あとはいつものように単独強行軍。今回の旅の主役は秀吉、川、京阪電車そして戊辰戦争。秀吉は淀川・桂川左岸、宇治川右岸に堤を築き、大坂京橋から伏見経由で京に至る道を開いた。伏見-京都間の伏見街道をふくめて京街道という。家康の時代になって、伏見-大津間の大津街道を整備し、大津-大坂高麗橋まで、4つの宿場を置いて東海道57次を制定した。53次東海道からわかれる山科追分から高麗橋までも京街道とよばれる。伏見-京都の間に日本初の路面電車が走った竹田街道。57次東海道の淀宿と京都羅城門を結ぶ鳥羽街道は、幕府軍が大坂に向けて潰走した道である。それらの道を歩いてきた。 琵琶湖の水は瀬田川から宇治川-桂川-淀川と名を変えて大阪湾に注ぐ。蹴上、寝屋川、樟葉は新婚時代の住まい地。京阪本線の終点淀屋橋は初赴任地。平安時代から昭和50年に至る歴史の旅であった。 3/09 ようやく春らしい気候になってきた。京都で1週間過ごそうと思う。青春の地といえば大げさだが、「神田川」なみの新所帯の場所も含め妻と思い出の場所を歩こうといっている。南禅寺から銀閣寺まで、哲学なんか上の空で、デートにいそしんだ。そのあと、伏見を中心とした街道を4つ歩くつもりだ。 準備をしていくにつれ、自分がどれほど京都を見ていなかったかがわかってくる。近江もそうだし、東京もそうだった。大阪も奈良もそうだろう。日本全国が自分にとって未知の地だ。遅まきながら、できるところからたずねていこうと思っている。 2/26 e-taxで確定申告を済ませた。数年まえにも試みたが準備がじゃまくさくってやめた。大分便利になったがそれでも市役所へいって電子証明書をもらい、家電店でICカードリーダライタというのを買い、いくつかのソフトをダウンロードして登録等準備をすませるには退職後くらいの精神的余裕が必要。キャンペンガールが「10分ほどでできました」というのはすべてお膳立てしてもらった後の入力時間だけで、あれはイカサマ宣伝だ。とにかく1日半で終わった。 久しぶりに庭に専念。待望の水溜めができた。はじめはブルーシートでやって失敗。インターネットで厚手の遮水シートを購入。水はたまったが、シートから土が滑り落ちて気に入らない。三度目はシートの上に古毛布を敷き、その上に赤玉土とさび砂利を乗せてなんとか完成。最後は流木と貝殻でお化粧。水を張って翌朝、さっそく小鳥が水を飲みにやってきた。やがて虫たちもやってくるだろう。ビオトープ:私の庭の中の小宇宙。 2/19 隣のご主人がなくなって半年。奥さんが月に1回の別荘メンテに来ていた。どう声をかけていいものか分からず、この数日内にこもりきり。おかげで旅行記が完成した。今日帰られた。どんな思いでここの数日を過ごしたのか。将来の妻の姿にダブって胸が痛い。「おひとりさまの老後」を読んでいる。死別からの回復は男より女のほうが早いという。江藤淳じゃないが、男はダメになることさえあるらしい。隣の奥さんを哀れむのはこっちの勝手な思い込みか。そうであればと願っている。 2/10 アメリカでは節分がおわるとアカデミー賞の季節になる。こちらもまけてはいない。BS放送では歴代受賞作品が放映されていて、映画ファンにはうれしい毎日だ。ここでも懐かしい名画を紹介しよう。急に音楽が出てくるから不要な向きは音量をミュートに。 2/08 どうやら鬱から躁にもどったようだ。来週妻が遊びに来る影響もある。これからカインズにいってブロック、レンガ、砂利を仕入れて、水溜めの穴を完成させる。 昼は庭、朝晩はパソコンと、このパターンを変えてはいけない。二月は旅にでられそうもない。三月は法事で滋賀に帰る。1週間ほど関西にいて街道を2つ3つ、ノルマをかせいでこよう。 2/02 暦的には春が来た。だが政治も経済も株も食べ物まで、さえない春だ。私は一種の無気力状態にある。東海道-3の旅行記が一向に進まない。庭は白々として、毎朝霜柱だけが気を吐いている。早寝がエスカレートして、8時寝3時起きになってしまった。老人にとって懐古と妄想は麻薬のように心地良いものだということがわかってきた。おひとりさまは痴呆を早めやしないか・・・・・ 1/25 昨年の12月だったか、テレビで『おひとりさまの老後』という本を取り上げていた。 それ以降すでに人気があったその本はさらに売り上げをのばしたそうで、私が大型店で求めたときは売り切れ状態だった。たまたま駅のちいさな書店にあったのを買ってきた。まだ読んでいない。まずは妻から読むのが順序だろうと、渡してある。 著者は上野千鶴子という独身女性である。 結婚していてもいずれ死別すればみんなひとりものじゃないの、という観点が気に入った。だから女性だけの本でない。 男も共通の話題である。 私の館山ライフも一人暮らしのトレーニングといえなくもない。 1/21 「庭の記録」に果樹、庭木をリストアップした。まだこれからふえるだろうし、失敗して消えていくものもあるだろう。管理記録を兼ねていて、自我流から、すこしまともな勉強をしてガーデニングといえるようなものにしていきたい。成長を画像に残す意味で、館山ライフの歴史でもある。旅をやめた暁には庭いじりが専業となり、仲間としてそのころ子供の柴犬を飼おうと思っている。愛犬を看取ることにはならないだろうから。 1/18 冬らしい寒さで館山に初雪がふっている。しばらくここで腰をおちつける予定。転送年賀状がポストにいっぱいあった。 植木の支柱にたてた竹竿の先に野鳥が止まりに来る。超望遠レンズ で撮ってみようか。ビオトープも穴を掘ったまま。一人で庭を眺めているとあれこれアイデアがわいてくるが、すぐなにをしようというのでない。我に返って写真集と旅行記の宿題にもどる。二兎をおうのはけっこうストレスフルだ。 1/10 晴れのマークと三月なみの気温という週間予報に浮かれ出て、三島から静岡の手前まで東海道を歩いてきた。 これといった難所もなくあこがれの富士山が常に付き合ってくれる快適な旅だった。 静岡県の海岸線はとても長い。あと二回でかけなくてはならないだろう。富士の姿は三島と沼津の間が一番美しいという。宝永山が富士山の稜線を侵さない角度にあるからだ。4日間で8宿場だから1日2宿というスローペース。それでも毎日8時間以上歩いている。寄り道と迷い道と道草が原因。そうそう、それに老化もある。 トップへ 2008年 2007年 12/26 クリスマスと正月を館山で過ごす。草加に植えておいた花の咲かないツツジと実をつけないキンカンを引き抜いてもってきた。樹木でまだ欲しいのはまっすぐに伸びるイチョウとポプラ。芝生や雑草は冬眠にはいったようで、冬は庭仕事も楽だ。正月休みの仕事は「奥の細道」の更新と、写真集の整理。「鉄道」「道」「家」をそれぞれ独立テーマにできないか。年明けの街道は暖かい東海道、静岡県を歩いていきたい。本来は、熊がでそうな山越え旧道峠道を優先させるべきなのだが、気が重い。新緑、桃の花の季節は集中的に東北へいくつもり。東北には桃源郷がいっぱいありそう。 さて、年賀状がまだだった・・・・。 12/18 先週金曜日、12月の定例飲み会は忘年会。8月から一人減っている。いつかは「そして誰もいなくなった」になる。 それまでの浮世つきあいだ。 誰からともなく読書の話題になって、藤沢周平の『ただ一撃』が面白いと二人が推薦した。50ページほどの短編で「暗殺の年輪」(文春文庫)に収録されている。 表舞台は一浪人の試技試合。 裏舞台は60前後の舅と23歳の嫁の話。 「儀式のようにして行なわれたそのことの最中に、三緒の躰は不意に取乱して歓びに奔ったのである。 ――三緒はそれを恥じて死んだ――。」 12/08 「今年的には、もう終わる~、みたいな。年賀状的には出そうかなあ、やめようかなあ~、みたいな。来年的にはちょっとがんばろう~みたいな。これから的にはやっぱり、応援お願い~みたいな・・・・」 「そうなんだ・・・・」 12/05 「今年も終わりかけてるじゃないですか、、やっぱり、年賀状をと考えるじゃないですか、やっぱり、来年もがんばろうと思うじゃないですか、やっぱり、これからも応援お願いしたいじゃないですか・・・・」 「そうですか・・・・」 トップへ 12/01 今年の謝罪会見ブームの取りをとるように二人の若者がカメラの前に立った。朝青龍がモンゴルを発つ映像を見て亀田は同じ豪華な毛皮コートを羽織ってきた。語彙の貧しさを割り引いても、二人の会見は空虚であった。謝罪の開口一番、「・・・んで、これからも応援よろしくお願いします」と結んだのには、あきれを越して笑ってしまった。謝る悪人が応援を請求している。10年前帰国した当初からスポーツ選手のこの決まり文句が気になっていた。 「・・・んで、・・・んで」が耳障りなのは、栗山プロ野球解説者が最初だったが、これが若者の標準丁寧語なのかと、あきらめている。「これからも応援よろしくお願いします」は、ヒーローインタビューの結句として定着しているようだ。そもそも選手自ら応援を要求することなど、あつかましい。唯一の効用は、これをいえばしつこいインタビューから解放されるということか。 今年も終わりかけてルンデ、とりあえず、やっぱり、年賀状をと、考えてルンデ、来年も、とりあえず、やっぱり、ちょっと、がんばろうと思ってルンデ、ちょっと、やっぱり、これからも応援よろしくお願いします!!!! 11/26 7泊8日の東北旅行から帰ってきた。天気は晴れ・曇り・雨・雪・吹雪、宿はビジネスホテル・民宿・老舗旅館、景色は海・山・浜・島・古社・古刹、街道は奥の細道・塩釜街道・石巻街道・金華山街道・一関街道と、盛りだくさんだった。おまけは毛越寺で高校の同級生とであったこと。中尊寺で再会。共に二人連れ。はじめは声をかけていいものか、躊躇もあった。日本は狭い。 4街道の新規と奥の細道の更新作業で12月は旅に出られそうもない。来年は奥州街道を津軽北端までいってしまう。 11/17 明日から東北を旅してくる。1年ぶりの二人旅だ。自転車をつんで車でいく。仙台ー塩釜ー石巻ー金華山ー登米ー一関ー平泉という大旅行だ。景色の悪いところは私一人で自転車でまわるつもり。これで、奥の細道、塩釜街道、石巻街道、金華山街道、一関街道を歩けるというセコイ考え。妻を途中で帰し、仙台ー平泉間の奥州街道もついでに行ってみたいが、気力がもつかどうか。豆や膝のことを考えないですむから、やはり車はよい。宮城県をこえて岩手県にはいる。 適当に雨が降ってくれているから、館山の庭は自然に任せて、ここ1ヶ月草加に引きこもっている。どちらが本拠なのか、わからなくなってきた。 11/06 甲州街道の写真の整理が終わったところで、日曜日、箱根からの富士山を見に行ってきた。東海道箱根峠をあがりっぱなしで、まだ下りていないのが気になっていた。今回は天気予報通り、芦ノ湖の向こうにくっきり浮かんだ富士を見ることが出来た。甲府と箱根は富士をはさんで一直線上にあり、富士の両側を見たことになる。 なんといっても日本の象徴である富士山はけだかくて美しい。4時間かけての箱根西坂下り。今度は両膝をいためてしまった。やれやれ、一年がかりの箱根峠越えである。 トップへ 10/26 週間予報を信用して、日曜日から木曜日まで、甲府の東横インを拠点に、4泊5日で甲州街道の残りを仕上げてきた。すばらしい秋晴れだったが紅葉を楽しむにはまだ1ヶ月ほど早かったようだ。甲州街道の終着下諏訪は41年前、中山道の歩き旅で、下諏訪大社の裏で野宿したところだ。ただのような銭湯に入った記憶がある。左足小指に豆ができて、毎晩水出ししての苦行だったが、歩き旅ならではの達成感があった。歩きはそもそも自虐的行為である。その報酬として満足感がある。 甲州街道は中央本線との相旅である。電車の写真を多く撮った。暇が出来れば写真集のなかに、「電車」のカテゴリーをつくろう。線路沿いを歩いているときはあらかじめシャッター速度を800分の1秒にセットしておく。遠くにガタゴトが聞こえてきたら、旅を中止して、線路に向かってカメラを構えて待つ。そんな旅だった。今日からしばらく天気がぐずつく。お宅に徹して、写真と紀行記録の整理をしよう。茶番劇の日本シリーズなど見たくもない。 10/19 不愉快といいながら毎晩クライマックスシリーズを見ている。中日が勝った。いやな予感がする。 昨日甲州街道を鳥沢から中初狩まで歩いてきた。いよいよつぎは最大の難所「笹子峠」を越える。日曜日に決行の予定。 膝の痛みは関節でなくて、筋肉痛。つまり、コラーゲン不足でなくて、歩き方が悪かった。 10/14 旅に出る天候条件は「曇り時々晴れ」以上。「曇り」以下は出かけない。10日から草加に待機していたが11日も12日も「曇り」の予報で家にいたら、午前から日がさしていた。13日、甲斐の国は「曇り時々晴れ」の予報。甲州街道、上野原~鳥沢間は晴れ時々曇りの上出来だった。「風林火山」効果で週末は人出が多い。9割5分以上が高齢者グループだ。街道歩きどころか登山者もいる。上り坂で左ひざを痛めて3時できりあげ、今日は完全休養。宿場間が短い上に、山道が多く、車も自転車もなじまない甲州街道は、徒歩が原則。天気と膝具合を睨みながら、武田信玄のふる里をたずねて行きたい。 トップへ 10/09 巨人が優勝したから言うわけではないが、今年から導入されたクライマックスシリーズとは、いったい何者だ。リーグ優勝とはなんなのだ。既に決まっているじゃないか。一旦頭をまるめた落合監督が「あれ、ウソ」とばかりに胴上げされる不条理があっていいのか。 まさかMLBのワイルドカードを勘違いしているのではあるまいな。各リーグが3地区からなりリーグ優勝を決めるトーナメントには1チームをシードするより、もう1チームいれて偶数にしたほうがよい。そこに地区2位チームの敗者復活を認めた。昔、リーグ1地区だった時代および2地区だったときはワイルドカードなどなかった。仮に将来、リーグ4地区制になれば、やはりワイルドカードは不要のものとなる。 クライマックスシリーズとは半年かけて優勝者を決めておきながら、「でも、やっぱり」と2位や3位チームがしゃしゃりでる未練がましい制度である。 あるいは、日本一決定戦と、レギュラーシーズン覇者決定戦とのリンクを止めたということだな。つまり、日本シリーズは、リーグ上位3チームによる、おまけ的お祭りということで、興行的利益を優先させて日本一という権威をまるっきり落としてしまったということだ。また、これを「プレーオフ」と称してはばからない。プレーオフとは、あくまで同点、同順位者間の唯一勝者決定システムである。どこに、1位と2位で、勝負をやり直すスポーツがあるか。不可解、不愉快極まりない制度である。 10/06 館山の隣人が亡くなった。ほぼ同時に引っ越してきてわずか3ヶ月の永久の住処だった。冬でも青いからと、西洋芝の種をまいて10cmほどに育ったのを見届けてから実家へ帰られた。6月下旬に背中に痛みを訴え先月なくなられたという。末期癌だった。まだ69歳。迷惑をかけているのではと、息子夫妻が草刈に来られた。奥さんは息子夫婦と一緒に住むのか、ひとりでこちらに永住するのか。他人事とは思えない。 10/02 「いい子になるから迎えに来て」 なんというすなおで、やさしい、けなげな、いたいたしい言葉であろう。 これを聞いたとき胸を痛めつつ二つのことを思った。 ひとつは振り込め詐欺。偽の息子の窮地に多額の金を払う親。 一方、助けを求める真の息子の危機をこの親は見抜けなかった。 ひとつは安倍元首相。体の限界を口にできなかったのは斉藤少年と同じだが、自分でやめられたことは幸いだった。やめるタイミングが悪いという批判はたやすいが、そこまでもがまんしたという見方ができるのは昭恵夫人の他すくないのではないか。 親方、兄弟子、相撲協会の罪はいうまでもないが、一番罪の意識が深いのはこの少年の父親のはずだ。「自分が息子を殺した」と悔いているにちがいない。 国技、神技といえども相撲界は古い。徒弟制度と個人商店経営。それにチョンマゲ、フンドシ、メタボ体型。 天皇以下、全国民が髪を切った文明開花の時に、力士だけが取り残された。 巨人の優勝がみえてきた。今日6時からBS放送で。 P.S. 9時24分 なんという幕切れだ。いやいや、勝てればよい。長い冬だった。李、清水もこれで報われただろう。 巨人、おめでとう!!! トップへ 9/30 冷たい雨でようやく秋が定着しそう。退職してちょうど1年。ゆとりどころか、忙しすぎた。本の一冊、映画の一本も見ていない。引越しや造園作業で、街道歩きが思うようにすすまなかった。10月、11月は旅の書入れ時。精力的に行こうと思っている。 9/23 19日から4日間、福島県浜通りの北半分と宮城の東南部を名取まで、岩城相馬街道を仕上げてきた。折りたたみ自転車を車に乗せての徒歩・自転車・自動車の3刀流スタイル。結局これが一番効率的とわかった。ただし、東京からのドライブも仙台辺りが限界のように思え、とても盛岡まで運転しようという気にはなれない。遠方をどうするか、いまだに試行錯誤が続いている。 今回の旅のハイライトは二日連続の日の出詣。4時に起き、日の出をねらって目的地に急行。日の出の時刻と駐車場とはかならずしもベストコンビネーションとならないのが悩み。それでも早朝の風景は素敵だった。場所は相馬の松川浦と、岩沼の貞山堀。 9/09 衛星放送で「永遠の笑顔 坂本九」の特別番組があった。子供から年寄りまで、全国民に愛されたエンタテイナー。前向きで平和で善意に満ちた時代のスター。「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」・・・歌声喫茶、カラオケの定番。 古きよき時代/My Teenage: 昭和30年代。 9/02 退職後最初の夏が終わった。10数年ぶりで海に入り、庭でスイカをハーモニカし、炭火でトウモロコシを焼き、もぎたてのトマトをかじり、花火で遊ぶ。気分的には子供時代の夏休みに近い一ヶ月だった。これをしたかった。50年ぶりだ。打ち上げは妻と二人だけのバーベキュパーティー。といっても、コンロで秋刀魚の塩焼き。生臭い煙を思い切り上げてみようというイヴェント。ソルティードッグでめずらしく妻も酔った。 一時帰国の娘はシカゴに帰った。息子は昨日から夏休みで、彼女と北海道旅行。妻は9月から駒込の美術研究所へ毎日通学。私は庭の整地をすませたのち、岩城相馬街道を仕上げる予定。 8/14 5月と6月の旅の後始末がやっと終わった。こんな調子では70才までの全国踏破はおぼつかない。 7月と8月に友人を二人なくした。ひとりは会社の同期、ひとりは中学の同級生。共に病気。 街道全国踏破は健康を前提としている。その前提が崩れたときのシナリオもないではない。 旅に出られなくなったら、庭いじり。庭にもでられなくなったら読書。 読む力もなくなったらレコード鑑賞。 これも体が段階的に弱まることを前提としている。そんなにうまくいくわけがない。 病は突然やってきて、命は他律的に絶える。 トップへ 7/18 雨のおかげで旅行記に専念でき、ようやく山陽道その1が仕上がった。まだ室津と近江の始末が残っている。 息子が研修で草加に帰ってきた。妻に聞いたらしい。「とうさん、館山でなにしてるの?」「そりゃ、庭仕事とか・・・」 「ふう~ん~」 わかったような、わからないような。 7/11 新しいパソコンをケチって最小のメモリーで買ったが、遅くてイライラしていた。こんど1GBx2にアップグレードして、快適だ。DELLに注文すれば2万円以上するものをインターネットで12300円で買えた。純正部品など買うものでない。 現役時代週末しか見なかった大相撲を毎日4時半から楽しんでいる。辛気臭い仕切り直しも、昔ほど苦痛でなくなった。勝負以外に気になることがある。力士が塩を取る場所のテレビカメラに毎日必ずといっていいほど、粋な和服姿の女姓が映るのだ。大抵中年で、髪を上げている。テレビに映っていることを知りながら、意識していないように見えるのがニクイ。私の好みのタイプではないが、つい意識してみてしまう。 7/01 半月ぶりで館山に帰ってきた。まいておいた西洋芝が産毛に育っている。 近江の写真集を終えた。あと4編の旅行記がのこっているが、一日一宿のつもりでチマチマとやっていこう。旅行の後、草加で写真の整理はほぼ終えていた。ここでは庭のことが気になって、生産性が1/10ほどに落ちる。妻はキャンバスをたずさえてやってきたが、ついつい草むしりに精を出すことになってせっかく造ったアトリエでまだ初仕事をしていない。日を決めて、外へは一切出ないことにした。 トップへ 6/21 彦根-鳥居本-高宮-豊郷-五個荘-八日市-岡本-日野-鎌掛-土山-守山-野洲-近江八幡-安土-能登川-彦根、と湖東を三角形にまわってきた。街道でいえば朝鮮人街道-中山道-御代参街道-東海道-朝鮮人街道をついできたことになる。近江鉄道沿いの中山道・御代参街道、JR沿線の朝鮮人街道は高校同級生街道でもある。何人かの実家の前を通っていたはずだ。音楽部OB会も含め、ちよっとしたノスタルジック・ジャーニーだった。5日間のレンタサイクル。びしょぬれ、パンクありの珍道中。守山の朝市で鮒寿司をかってきた。限りなく薄っぺらい小型鮒。1300円。7月は旅に出ない。後始末が山積みだから。 6/11 入社してまもないころ、ちょうど手書きの預金元帳を大型コンピュータに切り替える時だった。デジタル化の黎明期である。残高が1円でもあわなければ帰れなかった業界で、元帳を入力しないで放置することなど考えられないことだ。保険の不払いも含めて、年金・保険はいわば単式簿記の世界なのであろう。 写真の整理が終わった。16日に彦根に帰る。OB会は翌日の県合唱祭に参加するが私は遠慮することにしている。 折りたたみ自転車を持っていくことにした。朝鮮人街道と御代参街道を歩いてくる。 雨がつづくようならすぐ帰ってくるつもりだ。 6/4 一週間来妻と二人で庭造りに明け暮れ、大分はかどった。山陽道の旅行記はまだ手付かずだが、写真の整理が半ばまで終わった。滋賀に帰るまでに山陽道・兵庫県の部をなんとか仕上げたい。 庭に果樹を追加した。これで柿、梨、桃、栗、梅、枇杷、無花果、杏、葡萄、ミカン、アーモンド、ラズベリーがそろった。3年すれば、防風、目隠しを兼ねた果樹畑になってくれる計画だが・・・。 夏休みに孫が帰ってくる。砂遊びが好きだから、砂場を造ってほしいと。宿題が増えた。 5/26 カインズに芝生が入荷したというので一挙に60束かってきた。前庭全面と東北斜面と西側を三日がかりで張る。基本的には芝生庭である。西洋風の庭にイングリッシュガーデンの趣を加味する。 テレビに向かって一人言をいうようになったのは2、3年前からだろうか。主にスポーツ番組だが、時には女房がいないときに、女子アナに向かって「かわいいね」などと言ったりする。今日、白鵬が千代大海を破った時は「ヨッシャ。ヤッタ!」といって鳥肌が立ってしまった。次の希望の星は豊真将。昭和時代の優等生のような力士だ。 トップへ 5/14 5ヶ月ぶりの街道歩きで1日目はなんとなくぎこちなかったが2日目から徐々に調子があがって、予定通り兵庫県を横断してきた。土地ごとにテーマがあって面白い。西宮は灘の酒。兵庫は平清盛。須磨は源平と光源氏。明石はたこ。姫路は世界遺産。龍野は薄口醤油。赤穂は忠臣蔵と塩。そして室津は遊女のふるさと。姫路と室津でお夏清十郎。相生は何もないところだが新幹線が止まる。東横インが完成まじかだった。 レンタサイクルを二日。全体重をサドルに乗せ、繊細な尻の皮膚をこすりつける。特殊な防具が必要だ。20kmに2時間以上かかった。一定地域を周遊するには自転車が最適と思えるが長距離移動にはどうかな。電車にのせられる折り畳みに落ち着くのか。 5/04 さわやかな五月晴れだ。息子が神戸のチーズケーキを土産に帰省してきた。裏庭の斜面をどうするか、彼のデザインをとりいれて、一段目をタイル張りのテラスにすることに。スペイン風パティオにテーブルをおく。隣接して耐火煉瓦の焼却炉兼バーベキュー用竈を建設するのは私のアイデア。テラスの下に水路。行き止まりは水溜りのビオトープ。設計だけはできた。 7日から6日間で西宮から兵庫県を横断する。三宮、姫路、相生にそれぞれ二泊。相生では車を借りて龍野、室津、赤穂に寄り道する予定。山陽道は古代の大路。大陸文化の伝播路。平家の末路。瀬戸内の陸路。五月の明るい海道が目に浮かぶ。イメージ旅行はできあがった。平凡社太陽コレクションの地図をベースに歩く。西宮から姫路まで、宿場間が20kmという長丁場。それぞれのJR駅で自転車を借りよう。毎夕、20kmを乗って返しにいくのが億劫だが・・・。電車には乗せてくれないかな。 4/28 山陽道の準備をしようと思いながらついつい庭に出てグラウンドデザインに時間をつぶしている。スコップで土をあっちにやったり、こっちにやったり。石をあっちに寄せたりこっちに集めたり。廃材でウッドデッキまがいの階段兼縁台兼収納箱を作った。門柱のコンクリートがかたまり、表札とポストをとりつけた。一応これできりをつけ、これから1週間は街道調べに専念しようと思う。 動物の鳴き声は国によって表現がちがう。アメリカでは犬はワンワンでなくバウワウと鳴く。誰となく「こんな風にきこえるね」と言い出し、ほかが「それがいい。それがいい」と賛同して国家的コンセンサスが出来上がっていったものだろう。そんなことを考えたのは、日本だがここのカラスは「カーカー」と聞こえないのだ。Kの子音がめだたなくて、「あ~あ~」となまめかしく鳴く。ゴミ袋をあさったりしなくてもエサが十分にあるのだろう。心身ともに満たされた声に聞こえる。メスのカラスかもしれない。 4/17 館山での一人暮らしを楽しんでいる。各所に住所変更をだして郵便物が徐々にこちらにきだした。東京タワーからの電波が届きにくいところで、VHFはNHKをふくむ3つのチャネルがうつりにくいというので、BSだけにした。 6時から試合終了まで野球がみられるのがよい。機能門柱をかってきて、自分で設置することにした。電気配線だけは頼む。鉄工ドリルで穴あけ。木工のようにはいかない。ドライコンクリートを買ってきて、雨がおさまったら左官仕事をやる予定。GWまでにはポストと表札ができあがる。 5月に甥の結婚式で神戸にいく。西宮から姫路あたりまで、山陽道に手をつけようかと考えている。 6月は音楽部OB会で滋賀県に帰る。近江路を二つほど歩いてくる予定。 そんなわけで、東北は後回しになっている。 トップへ 4/09 毎朝4時起きで、久しぶりにマスターズゴルフ中継を楽しんだ。めがね石橋と満開のツツジはいつ見ても美しい。 残念ながらタイガーウッズは出遅れてあと一歩で追いつけなかったが絵になる男だ。ゴルフに夢中だったころのお気に入りプレヤーは、ジャックニコラウス、トムワトソン、セベバレステロス、グレッグノーマンなど。往年の名場面、優勝インタビューも感動的だ。今年の優勝者はアイオワ州の無名の若者。来年は父親となったタイガーを楽しみにしよう。 4/02 保存登記もおわり孫と娘もアメリカへもどって一段落がついた。 思いついたところに芝や花や植木を植えつけている。柿、樅の木、桜、モクレン、藤、アーモンド、ライラックを植えた。強風にもまけずに定着したものを記念樹とするつもり。栗、ミカン、ブドウも植える予定。梨、桃、リンゴも欲しいナ。花は今のところ、松葉牡丹、芝桜、ゼラニウム、アリッサム、バラなど。記録を兼ねて庭造りブログでも作ろうかな。街道歩きが気になりだした。今月中に再開したい。 トップへ 3/16 ホリエモンが負けた。執行猶予と思っていたが意外に厳しい判決だ。一言で言えば「高慢さを咎められた」ということだろう。裁判官の心証はかなり悪かったようだ。起業家ごっこのあだ花が散った。 異常なほどにあたたかかった2月にくらべ、3月の寒さはどうだ。株価とそっくりではないか。 無事表示登記が完了した。登記官が前日自宅にやってきて、家の中までみてまわった。 「図面は自分で描かれたのですか」「ええ」「器用なんですね」「ええ、まあ」 3/10 家周りの整地作業と本棚造りに没頭している。登記の初回点検はまずます。屋根の「コロニアル」は商品名だから、「スレート」にすべきと。住所は○○番○○でなくて、○○番地○○だと。プリンターをまだ買っていないので草加まで帰って修正。この際、コピヤー・スキャナー付プリンターを買おう。図面はなかばイジメスタイル。「線が太そうですね」「いいぇ、0.2mmでなくて0.1mmのペンで書いたからこれいじょう細くかけないはず」。「紙が薄いんじゃないですか」「いいえ、霞ヶ関の法令用紙販売所でかってきたものだから、家屋調査士、司法書士、行政書士、税理士だどが使っているものです」、ときっぱり。現物をみせると黙ってしまった。図面は結局担当者の気に入るように描くことになる。「他例をまねて描いたのだけど、法務支局によって違うんですな。もっとも例自体がまちまちだけど・・・」。気にいるかたちにその場で修正して、描き直し。二回で済みそう。8万円の節約と思えば我慢できる。 3/01 房総半島の南端、館山に引っ越した。菜の花は2月の月はじめから満開、隠れ家は低い山間で、ウグイスが鳴いていた。近所に、魚をほうりなげてトンビに餌付けする人がいて、いつも空には2,3羽のトンビが輪を描いている。隣りの男性は毎朝、海岸で貝殻とワカメを拾ってくる。家のまわりは貝殻だらけ。漁業権がないから、ワカメは採ってはいけない。拾うだけ。 三日間、ダンボールの開包と整地作業に明け暮れ、今里帰り中。引越しの後始末も一仕事。娘が孫をつれてアメリカから一時帰国する。ウェブカメラで顔はなじんでいるとはいえ、実際の対面が楽しみだ。 2/19 年末からちまちまと始めていた引越しの準備にめどがついた。家電販売店はどこも「新生活キャンペーン」中だ。そこで1.5人用のサイズを探している。独身用と新婚世帯用の中間的なサイズがなかなかない。 少しでも節約するために表示登記と保存登記を自分ですることにした。図面用に0.2mmの極細インクペンを買ってきた。他の書類はたいしたものでなく、一日あればできそう。 DELLのノートパソコン(ビスタ搭載)を買い、YahooBBも申し込んだ。薄型テレビは2011年まで買わない。折りたたみ自転車がカインズで9千円で売っていたので買うつもり。旅先での初乗りは4月になるだろう。 60歳での田舎新生活がもうすぐはじまる。 トップへ 2/07 柳沢さんがボカスカたたかれている。「人口減少を食い止めるには、平均1世帯につき2人再生産する必要がある」という数学的事実を知らしめ、あの手この手で再生産世代に期待を寄せる気持ちを伝えようとしている。女性は子供を産む女王蜂で、男は奴隷のような働き蜂、といわれても男はゼンゼン気にしない。子供のない夫婦の多くは本音ではせめて一人はと思っているだろう。少子化対策といったマクロの意味でなく、話し相手が欲しいとか、自分の老後をみてもらいたいとか、家系を継いで欲しいとか、いたってエゴイスティックな動機からではあっても・・・。 子供が2人いるほうが、精神的にも経済的にも、国家的にも「健全」だ、といって何が悪い。 かといって、アフリカや東南アジア、ラテンアメリカのように、5人も6人も生むのも人口論的にきわめて問題である。自然減少を考慮に入れて、2人より若干多めの2~3人が「理想的」という客観的観察に異論はないはずだ。 1/30 30年の経験から、「アナリストやエコノミストの意見は聞き流す」というルールを守ってきたが、NHKの「インドの衝撃」は説得力があった。昨年末に一部利食ったインド株投信を買い戻すことにした。昭和30年代の日本というより、明治の日本みたい。BRICsといってもロシアとブラジルはなぜか好きになれない。結局、国土や天然資源でなくて、投資対象は国民、つまり人間なのだ。宇宙哲学を創造し、ゼロを発見し、二桁の掛け算を諳んじるインド人には科学的にかなわない。日本人が誇る豊かな「情緒」はその対極にある。 1/23 ある冬晴れの日、真っ白な逆さ富士を撮ろうと、箱根へ出かけた。湯本三枚橋から、坂又坂の旧街道を半登山。きつかったが石畳の旧道歩きは楽しかった。同年配くらいの夫婦連れと抜きつ抜かれつ。追いつきそうになるとカメラをもてあそんで時間調整も。畑宿で昼食。そんなこんなで、芦ノ湖についたのが3時過ぎ。空には薄雲が広がって、逆さ富士どころか、順富士さえ見ずじまい。富士をみない箱根なんて・・・。峠で夕暮れて、静岡県へは次回に。そのときは朝、箱根まで直行だから、天気予報どおりの空が待っていてくれるだろう。 1/12 今年はどこから歩き始めようかとまよった挙句、足は筑波街道に向っていった。水戸街道、真鍋の土浦一高前からはじまり、筑波神社まで、20kmあまりで、街道歩き一巻が出来上がるのが魅力だった。途中の集落といえば、藤沢と小田、そして門前まちの北条くらい。一里塚だの、本陣跡だのの心配をしなくてよい。臼井から最後の2kmあまりは急な坂で、汗ビショ。神社についたのは日暮れ前の4時。ケーブルは4:20分まで運転しているが、山頂は次回にまわした。四六のガマを飼っている土産店でガマの油を買った。切り傷、やけど、肌荒れに効くとは聞いていたが、水虫にも効くと知って笑ってしまった。医者に処方してもらっている軟膏より、保険のきかないガマの油の方が安い。 筑波山は愛の山。隣人愛でなくて、どちらかというと、性愛の方。筑波の民俗学でも勉強しよう。 1/03 テレビ実況までに東海道の箱根駅伝コースを見ておこうと思ったのだが、小田原までしかいけなかった。それでもテレビに、覚えのある風景がうつると、一層臨場感があふれてきて、そこを走る若者がいとおしく見えた。今年は順位が頻繁にいれかわり、見ごたえあった。大手町でのゴールシーンはいつも感動的だ。テレビに応援を送る父親を複雑な目でみる娘のCMもよかった。順天堂、おめでとう。 トップへ 2007年 2006年 12/26 今年のクリスマスは1泊2日で草むしりと土いじり。館山休暇村で温泉につかり、海ボタルの発光ショーを見学した。体長2,3mmのゴマ粒のようなミジンコ類。刺激を与えると身を守るために体内から出す液が海中の酵素と結合してあやしい薄青い光を発する。解説のオネエサンは3回みせたあと、海ボタルに体力回復のため、カマボコを与えた。1日10回も発光させると全員過労死してしまうという。海ボタルにとっては命を懸けての一晩3回のおつとめ。 草むしりと土いじりは隠れ家が形になってきたのをうけて、周囲の手入れをはじめたもの。予算の関係で外構・造園工事は自前。引っ越してからはじめてもよいのだけれど、待てない。 今年はいろいろあった。母の死去、娘の出産、息子の就職、自分の退職。4世代にわたる交代劇を一挙にやってしまった。 来年の目標: 奥州街道と岩城相馬街道の完結。奥の細道の出羽越え。 花壇と畑の土作り。 健康でよいお年を!!! 12/10 宇都宮から今市まで。日光から川室経由大渡、船生まで。矢板からバスで船生にもどり、そこから玉入ー矢板ー大田原まで。つまり、日光街道の最終章と、日光北街道と、奥の細道の欠落部分を埋めてきた。3日間の栃木県通い。完全徒歩で、体重を2kg落としたのだけれど・・・。 これでとりあえず今年は歩き納め。 木下街道をふくめ、4つを仕上げて年を越す予定。1月2月は下準備と、今までの整備にあてよう。 あと2週間でクリスマス。特になにがあるわけでもない。 最近、外出しないときはひげをそらない。防寒になっているようで、アゴの辺があたたかい。 12/02 2日かけて木下街道を歩いてきた。八幡から木下河岸まで。ついでに鹿島紀行の準備を兼ねて布佐までいってきた。白井を過ぎ、神々廻(ししば)あたりからおもしろくなる。千葉ニュータウンをはじめて見たが、ロスアンジェルスみたかった。牧場のあとだというから広々しているのもうなづける。途中、美しい農家をいくつも見た。一番美しかった集落は泉。 明日は日光街道をしあげるために、宇都宮から今市まで歩いてくる。一里塚と杉並木の写真が中心になりそう。 11/24 アメリカでは感謝祭がおわるとクリスマスシーズンがはじまる。感謝祭パレードの主人公はサンタクローズだ。日本でも勤労感謝の日がおわるとクリスマスツリーを飾り付けるところが増えてきた。忘れていた師走の季節感が催促されるように湧いてくる。一日一日と冷たく感じる大気とともに、なんとなく気ぜわしい緊張感もいいものだ。無給の毎日が通勤していたときよりもよほど忙しいのはどういうことだろう。 森山良子にも「株で損した」と息子の直太郎から振り込み依頼があったとか。声が違っていたから詐欺だとわかったという。師走はせちがらい季節でもある。みんな、気をつけて。 トップへ 11/23 5回目の甲州街道歩き。電車で相模湖駅まで直行。八王子の車窓から富士山が大きく見えた。小原本陣からスタート。与瀬-吉野-関野。これで相模、神奈川県の北部を横断したことになる。次の宿場、上野原は甲斐、山梨県だ。浜街道とは対照的で、きもちよい山道の連続だった。紅葉がちょうど見ごろ。宿場の写真よりも風景写真が多くなった。今月はあと1日。上野原のつづきか、文化財公開中の足利にでもいきたいな。 ホリエモン、よほど検察がスカンとみえる。好きなこといっていいが、裁判官の心証を悪くしないように。 11/17 振り込め詐欺初体験!! 2,3日前「携帯の番号が変わったから」と息子から電話があった。ボーダフォンにしたという。ここでおかしいと思ったことが2点。いまどき会社がかわっても番号をかえなくてよいときに、なぜわざわざ変えるのか。3人ドコモで家族契約をしているのに、他社の機械がつかえるのか。しつこいくらい聞いたのだが相手は何とかかんとか理由をつけた。 そして今日。会社の仲間で株をやって百万以上損をした。先輩に借金をかえさないといけないといってきた。 「日経平均が16000以上だのにそんなに損する訳がないだろう。なんの株に手をだしたのだ。どこの証券会社でやってるんだ。信用取引か。社員同士の金の貸借は社規違反だろうが。入社半年くらいで株をやるとは、ナマイキだぞ・・・」などと怒鳴り散らした。 相手は「ごめん。もうやめる。聞かれるとまずいからトイレから」などといってくわしいことは一切言わない。 「とにかくいつもの口座に振り込んでおくから、そこから返せ」というと「急いでいるから直接相手に振り込んで欲しい」といいながら、「又電話する」といって切れた。 妻とさんざん息子をなじりあった。もう勘当だ! 他方で、どうしてもおかしい。 「彼女に電話して、番号がかわったか聞いてみよう」。 果たせるかな、昔の番号で昨夜も話したとのこと。昔の番号で無事真の息子と連絡がついた。 新しい番号の方には「警察だが詐欺未遂で逮捕する」とメッセージをのこしておいた。 11/16 去年に続き、今年も紅葉が遅れている。どこにしようか考えつつ、足は皇居から半蔵門で西に向かい新宿から甲州街道へはいってしまった。気まぐれもいいところ。と、きまれば行くしかない。4回の日帰りをくりかえして、県境の小仏(こぼとけ)峠を越えていった。最終日は八王子から高尾をへて峠をこして相模湖まで。高尾のイチョウ並木はすばらしい。足元が人糞くさい。源は踏みつぶされた銀杏だった。イチョウは7分、モミジは五分といったところ。峠をおりたところで「熊に注意」とあった。登り口で言ってくれないと。 トップへ 11/02 ようやく退職後最初の旅の整理が終わって一息ついた。今月はどこにするか、まだ決めていない。妻には観光ムードで奥の細道の松島にいくと言っているが、一方で岩城相馬街道を仕上げたい気持ちもつよい。さらには、今月高校同級会で御嶽山にいくことになっているので、それを利用して青梅街道を行こうかなとも思っている。それにつけても、山道を歩くのが怖くなってきた。熊が多すぎる。死んだ振りをする勇気もないし、走って逃げる体力もない。痴漢や誘拐予防の大音響をだすベルでももっていようかと思うが、効果のほどをだれかに保証してもらいたい。 10/20 『落ちた偶像』: ディープインパクト 落ちない偶像: 金正日 10/13 秋晴れ+夏陽気=運動会日和 そんな1週間を大和田から勿来まで補習し、関田から植田、渡部、湯本、いわき、四ツ倉、久ノ浜、広野、木戸まで、新規の旅をした。空と海の青、稲穂の黄金色が主役で、阿武隈山系の豊かな緑は脇役に徹していたみたい。日立駅前、東横インの隣の広場で全国郷土芸能祭りが開かれていた。島根から石見神楽「大蛇」、秋田からは羽後高校生による西馬音内盆踊、京都からは和太鼓グループ「バチホリック」。実演の迫力を楽しんだ。浜街道だから海岸めぐりも忘れない。おいしい道草が多くて、距離が伸びなかった。いつものことだけど。 10/07 ようやく秋晴れがもどってきた。4,5日出かけてこようと思う。前回の岩城相馬街道で抜けていた大沼と高萩を埋めて、福島県の浜通り南半分を旅する計画だ。日立といわきの東横インに予約を入れた。いわきは開店早々で先週まで「ゴメンネ!サンキュー!」で、二人 5,400円で泊まれたのだが、雨でかなわなかった。法律違反を解消して心をいれかえたようだ。時間の制約を受けない旅だから、体力と安全第一の方針で行く。時節柄、飲んだら乗らない。乗ったら飲まない。 10/02 日経新聞を読んでいるキャリア志向ウーマンが日経を取っていない男を蔑視するCMがある。毎朝2時間近くかけて日経を隅々までよんでいたが、他にすることがないから読んでいたのであって、仕事をやめた今、政治と経済と金融は宗教と同じほどに無縁の世界となった。新聞はなければ読みたいとも思わないものだ。朝一番でインターネットをチェックしたらディープインパクト3着のニュースばかりだった。平日の休みだが、会社から緊急連絡の可能性がないことがすばらしい。メル友から「よいサンデー毎日を」とメッセージが届いた。 トップへ 9/30 昨夜は妻と「カニ道楽」で食事をして「ヨドバシカメラ」でウェブカメラを買って、古本屋で「太陽コレクション地図」を仕入れて帰ってきた。今朝、いつもの通り5時に目が覚めてパソコンの前にいる。 退職翌朝の行動パターンに、奇妙な共通性がある。とりあえず近所を散歩する。数十年のシガラミを吹きとばすように、大きく腕をまわして深呼吸をする。それからだ。そのまま家に帰るのでは「もう帰ってきたの」と言われそうだから、散歩を続けるのだが、たいして歩くところがない。そこで、向うのが最寄の図書館なのだそうだ。新聞がいくつも読めて、タダでいくらでも時間をすごせる。この機会に、読みたいと思っていた本を読もう、などと瀟洒な考えをおこすらしい。だがその新しい習慣は、決して身につかない。 さて、自分も散歩に行こうと思うのだが、腹が飢餓収縮をおこしてきた。まずは茶漬けかチキンラーメンでも食おう。 9/20 4chで高校生恋愛バラエティ「ラブカツ」という番組を見た。鳥取県の男子と神奈川県の女子の仲良し仲間5人ずつ。5人の男子が4人の女子に告白し、4人の女子全員が告白を受け入れた。つまり、報われなかった男子が一人、告白されなかった女子が一人。それが誰か、番組を通じて仲間・教師・家族・近所のひとが知ることになる。男はいいだろう。それがオスの求愛闘争というものだから。だけど、一人の寂しい女の子のことが気になってしょうがない。傷ついていないわけがない。それを除けば思春期時代を思い出させるいい番組だった。まだ、健康的な高校恋愛はある。 9/18 品川から東戸塚まで、二日がかりで東海道第2弾を敢行。歩くたびにどこかが痛くなる。足でも膝でもなくて、ただ肩が詰まる日があれば、足の裏が痛くなって引き返すこともある。今回は5時間ほどたったころから右尻がつるように痛んだ。腰ー尻ー膝がセットになった坐骨神経痛だ。医者に相談しても真剣に聞いてくれない。確かに、死ぬ病ではない。騎手が馬を鞭打つ要領で、右こぶしで自分の右尻をたたきながら歩くのがコツだ。 宿場はともかく、500mほどの楽しい商店街がふたつあった。最初は生麦魚河岸通り。道の両側に数十軒の魚問屋がならぶ。朝の8時ごろで、ちょうど小売の魚屋が買い付けているところだった。旅館や料亭の料理人もいただろう。 二つ目は保土ヶ谷宿手前の松原商店街。12時から6時まで歩行者天国。曜日がかいてないから毎日だろうか。上野アメ横よりも活気がある。野菜・果物屋、衣料・雑貨店が多かった。客は観光やヒヤカシでなく、買う気で来ているオバサンたちだから、値段と質の真剣勝負だ。 ともに東海道旧道の宿場はずれのオススメスポット。 9/10 「自由を我らに」 1931年のフランス古典名画の邦題名である。チャップリンの「モダンタイムズ」(1936年)のモデルになった名作だ。およそ10年前、先輩から届いた退職通知の冒頭の句であった。ともに洋画ファンで、大手町のカサビヤンカでビールをのみながらよく映画談義をやった。あらゆるしがらみから開放された晴れ晴れとした気分がつたわってきてうらやましく思ったものだ。「オレはまだ10年ある」。それが、秒読みとなった。あと2週間。 9/02 減量だの筋トレだのと理由をつけて電車では立つように努めていたが、昨年頃から隙あれば座るようにねらっている。朝夕の通勤電車で、ささやかなカケをするようになった。なるべく早く途中で降りそうな人の前に立つ。勝率は今のところ五分五分。ねらいは①性別②年齢③服装④座席の位置⑤容姿⑥持ち物⑦姿勢・雰囲気 それらを総合的に瞬時に直感する。 例えば買い物籠をさげた普段着のオバサン。一駅、二駅目でおりる。出入り口に近い席に座っている女性も歓迎。夏場は服装がアテにならない。ドアに一番近い席でも、アングリ口をあけてねている男は避けるのだが、ときどき急に目覚めて駅名を確認することがあるから人はワカラナイ。そんな小市民的なたのしみも今月末で止めることにした。 トップへ 8/24 子どもだったら明日は地蔵盆だ。炎天下、ちいさなお地蔵さんの祠の前で遊んだあと、日がしずんだころに近所をまわってお供え物を集めてまわる。スイカを出す家は分限者。2時間あまり御詠歌につきあう。そのあとは筵の上で夜を明かしたのかな。翌日のスイカ割りがフィナーレだったような気がする。最後の楽しみ。そのあと子供心にも秋風の気配でオセンチになった。夏の終わりはいつも寂しい。 8/19 行徳から船橋まで歩き。写真の撮り忘れと成田街道行徳ルートの補充、そして釜屋情報収集のため。暑かった。 「釜屋」とは鋳物屋。都営新宿線「住吉」と「西大島」の間に「釜屋堀通り」がある。江戸時代、小名木川沿いに釜屋が集まっていた。近江国栗東郡辻村(現栗東市辻)が釜屋のルーツ。埼玉川口がキューポラの町になる前はここが鋳物工場の本場だった。そのうち一人は鋳物問屋をやめて同じく近江特産の「伊吹もぐさ」の商いをはじめた。その店は現在も茅場橋北詰で「釜屋もぐさ」として健在だ。そんなことの調査で、旅行記が手間取っている。 8/11 娘家族がアメリカへ飛び立った。2年間夫の留学に同伴する。彼女にとっては14年間すごした国だから、日本よりも居心地がよいのではないか。会社は産休扱いで、帰国後復職できるのはありがたい。3ヶ月の孫も一人前にパスポートとチケットを携えてチェックインした。ロンドンの飛行機爆破テロ計画発覚が伝わった翌朝で、気持ち悪かったがしかたない。成田はキャンセルも遅延もなかったようだ。来年の夏休みには帰ってくる。孫にはそれまでに、「ジイジ」でなく「グランパ」の言葉をおぼえさせるようにいっておいた。 8/6 2日は行徳散歩、3日から5日まで2泊3日で、水戸から勿来の関まで行ってきた。途中、高萩はスキップしたかたち。後日埋め合わせる。日立まで、6号線はとりとめもなく、ファーストフッドレストランや、大規模ストア、そして国道筋につきもののカーディーラーの万国旗ばかり;その他は工場団地。海岸近くの古道で慰められた。小津浜からは文字通り「浜街道」で海水浴場の連続。浜と漁港の写真が多い。勿来の関では道なき古道跡にも踏み入れ、まずまずの街道歩き満足度。今日からしばらく写真の整理休暇。 8/1 今日の李 承ヨプ、神がかって見えた。400号に、サヨナラのおまけ付。年間56本のアジア記録も、韓国でのことだからと冷めて受けとめていたが、この調子だと日本で最多本塁打の記録を更新するかもしれない。いや、ぜひ塗り替えて欲しい。あと23本だ。 急に明日から夏休みをとることにした。妻は娘夫婦の引越し準備で孫をあずかっているため私一人で4日ほど出て行く予定。水戸から勿来の関にむかって岩城相馬街道を行ける所まで。しばらくDVD作りのことは忘れることにする。 トップへ 7/30 VHSの映画をDVD化すると同時に、ビデオカメラで撮った家族の記録もDVDにした。ところで、それ以前の家族の動画記録は8mm映画で、400ftリールが18本残っている。それをどうするかが宿題だった。調べた結果、レトロ店で8mm映写機(昨年、錆付いていたので捨てた)を買って、スクリーンに投影し、それをビデオカメラで撮って、そのメディアをPCに取り込んでDVDに落とすことにした。2週間、それにかかりっきり。今日ようやく完成して小僧寿しとビールで乾杯したところだ。 記録は76年から84年まで。その間、セントルイス留学、長女誕生、マイホーム、ニューヨーク駐在、長男誕生と、変化に富んだ期間だった。旅行記的には8週間ヨーロッパ一周、ニューオリンズ、ルート66、ニューイングランド、ヴァージニア、アパラチア、ディズニーワールド、バハマと、アメリカの東・中西部を旅した時期だ。娘に見せたら、娘の2,3ヶ月の時の顔が、孫(娘の長男)にそっくりなのでキャッキャ喜んでいた。DVDベースで歴史を引き継ごうと思っている。 7/8 プライヴェートな場所(秘め事):①寝室 ②浴室 ③便所 共通点:裸/エログロ・ 人には見せない場所。そこを覗くのはタブー。旅路の温泉だって同じ。 そこへ日本のテレビはよくいきたがる。レポーターと称して男が入る。女優が入る。仲間で入る。夫婦で入る。タオルで隠しながら入る。湯をとおして脚が見える。男の場合、ときどきヤバイ。 テレビの旅番組では、ほとんどに温泉がくっついている。温泉ならば、誰かつからないわけにはいかないと思っている。 房総のどこかで、「歩き方のドクター」夫妻がなかよく貸切風呂につかっていた。 「いい湯だこと」 アホラシ! トップへ 7/1 孫のお宮参りに参加した。大宮氷川神社;武蔵野国一宮だ。茅の輪をくぐって厄をはらってきた。巨人が10連敗からぬけだせたのは、この霊験だろうと思っている。 6/25 3月からはじめたビデオのDVD化が順調に進んでいる。なかばハマッていて、他のことがはかどっていない。東海道の初日は近々完成の予定だが、一宿に一ヶ月かかっているようでは話にならない。ビデオの映画はおよそ1000本。そのうちベータとパルの録画分およそ100本は捨てた。DVDが出来上がったものが340本。ようやく1/3をすぎたところ。今年一杯かかりそうだ。作業の中で一番楽しいのができあがったDVDにプリンターでポスターの画像付ラベル印刷する作業。 用済みのVHSカセットは毎週ゴミ出しして、手作りのビデオ専用棚がガラスキになってきた。 メダカの飼育本とビオトープガーデン作りの本を買ってきた。来年のプロジェクトのための心の準備をしている。 6/17 不振の巨人にあって堂々と4番打者を勤めているのは韓国選手の李 承ヨプ(イ・スンヨプ)(李は「リ」じゃないんだね)。 温厚そうでゆったりしているところなんか、「大陸的」「二枚腰」の林海峯ににているし、腰の大きなところはやはり温厚な魁皇を思わせる。スンちゃんはまだ30歳。ふけて見えるのもまた頼もしい。 だらしない巨人選手のなかで一人頑張っている。優勝させてMVPにしてやりたい。ところでお嫁さんがこれまた美人。 6/10 見たくないもの: 私だけ? 打たれて代えられたピッチャーの大写し。エラーした選手のクローズアップ。サンマの大げさ笑い。男の薄毛9-1分け。脂肪太り女優の社交ダンス。単に、細木数子。「ファイナルアンサー」の沈黙待ち時間。「と、その時」のあとのCM。開廷前の法廷記念撮影。役人の書類受け渡し一時停止ポーズ。車内でのコーモリ傘ズボン吊。ホームでのゴルフ素振り。 6/10 いよいよWC。ここにくるまでのプロセスがなが過ぎる。一種目のスポーツに世界中が熱をあげるという、めずらしいイベントだ。北も南も、西も東も参加できるという意味で、オリンピック競技より普遍的なのだろう。メディアが騒ぐほど熱くなってこないのはヘソまがりかな。 最近の巨人、入院患者チームみたい。 やっと名前をおぼえた。「だいたひかる」 NHKに出ていた。素顔の女子高生よりずっとキレイになっていた。 「私だけ?」をまねてみよう。 5/31 今村昌平監督が亡くなった。にっぽん昆虫記(1963)、赤い殺意(1964)、「エロ事師たち」より 人類学入門(1966)、神々の深き欲望(1968) は私の高校ー大学時代の作品だ。全部みた。興奮した。資料集の「映研自主上映作品集」にポスターがある。芸術作品という大義があったからうしろめたさを感じずにみられた。結局は三文エロ映画よりもエロティックだった。 5/28 週末になれば天気がくずれるという悪い癖は去年の10月にはじまったと記憶している。 今月も日照時間がすくなくて、「農作物の生育には注意してください」と、NHKが忠告していた。 オテントさまの機嫌がわるいのを、どう注意せよというのか。天照大神をひきだす裸踊りでもやるか。 5/26 死んだようにして月曜日がはじまり、ようやく金曜日になって生きた心地になる。 1週間がながくてやりきれない。 5/23 ひさしぶりにさわやかな五月晴れの日曜日、東海道を歩き出した。 7つだちとはいかないが、7時半に三越前から南に向かう。 京橋、新橋、浜町、芝、大門、高輪そして品川宿。 鈴ヶ森刑場跡で引き返した。 写真250枚。 8時間歩いて減量わずかに1kg。 白鵬の優勝を祝ってビールをグーっと飲んだらたちまちもとの木阿弥。 次回は大森海岸から、川崎ー神奈川までいきたい。 トップへ |
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